釣瓶井戸の由来と井野目堰

今をさかのぼること344年前に灌漑用水を引くため、上杉家の家臣山口庄右ヱ門重久が開削した。三角山の麓に頌徳碑、自然石の石碑もあります。平成15年度より堰の改修工事の予定ですが、現在はまだ山岩を砕いて開削した手堀り隧道を見ることが出来ます。

どうして造られたの?

そもそも井野目村は昔、左場野原、大笹生原、入江野原の3ヶ村が開発された残りの共有地の野原でした。
これを昔、米沢の上杉播麿守様が領地としていた時に山口庄右ヱ門が開墾して、新田にすることを申し出て、上杉公から許可をいただき、自分の金で、大堰の普請を実施し、小川の水を通し、村の収穫量として米469石余を開墾耕作して作りだし、村名を井野目村としました。

手堀り隧道の写真

どんな苦労があったの?

この村に水を引く上で、荒蕪の野原だったので、堰口は川岸まで巌石で成る極めて険阻なる所でした。岩石の大小磐石を穿(うが)ち洞門を開き、小川の水を引き入れ堰に通しました。
その後、堰口の大山岩がひどく崩れおち、トンネル13間余りが決壊しました。
この修理は大工事でしたので、工事費用を公儀から調達しようと考えたのですが、江戸へ行く旅費も調達できないため、やむを得ず農民の自費で工事を始めたため、年々農民が困窮していた。

どんな施設なの?

井野目堰水路は、阿武隈川支流の摺上川へ流れる小川より取水し、フルーツラインを横断する水路で、かんがい用水として利用されている。

井野目堰取水口砂防提の写真

井野目堰取水口砂防提

そのあとどうなったの?

年が経過する間に小川の河底低下したため、明治18年10月沼前の人猪狩佐五衛、井の目紺野元治などの人達が裁量となり上13間の所に堰口を設け、現在の井の目堰といわれるようになりました。石田より大笹生村、入江野を経て平塚に至る田園に灌漑し平野全村を潤し、また余目、鎌田を潤す富源となりました。

井野目堰取水口の写真

井野目堰取水口

どこにあるの?

井野目堰は、福島県福島市の北部、飯坂町(飯坂温泉)です。

どうやって行くの?

車で

飯坂インターからR13、米沢方面へ約10分

列車・バスで

JR福島駅から中野行きバスで川子坂、下車徒歩10分

アクセスマップ


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