棚倉の城下には「車堀」と呼ばれる水路があり、この水を供給しているのが玉野堰と棚倉堰です

棚倉町は福島県の南部に位置し、町土の約7割を森林が占めている。
歴史は古く、縄文・弥生の時代から生活が営まれていたことが、数多くの遺跡から発見された石器類から判明しており、奈良・平安時代においても当地方の文化の中心であったことが推測される。

どうして造られたの?

「玉野堰」と「棚倉堀」は、一説には1500年代後半の乱世に、県南地域の要衝の地であった赤館を葦名氏が水攻めするために掘られたのが始まりといわれています。
明治4年社川に設けられた玉野堰は、毎年のように大雨のとき破壊され、また、普通は水量が少なく、しばしば日照りに見舞われるために、上流に新しい堰をつくり、社川・棚倉流域の田畑を潤すとともに、生活用水の確保を可能とし、棚倉城下の繁栄を築く基礎となりました。

どんな苦労があったの?

毎年のように大雨の被害で破壊され、また、普通は水量が少なく、しばしば日照りに見舞われる地域であった。

どんな施設なの?

江戸時代、鎌倉の城下には「車堀」と呼ばれる水路が引かれ、20基程度の水車が回り、米・麦・そば・ひえ・粟などを挽くとともに、上水道・お壕の水・防火用水などに使用されていました。
この水を供給していたのが、社川に造られた「玉野堰」と、そこから引かれた「棚倉堀」です。

社川と玉野堰の写真

社川と玉野堰

そのあとどうなったの?

現在も棚倉堀、玉野堰に農業用水を供給し続け地域の重要な水源として維持管理されています。

棚倉堰と棚倉町の写真

棚倉堰と棚倉町

どこにあるの?

福島県の南部、棚倉町逆川字天王内地内にあります。

どうやって行くの?

車で

白河ICから車で40分

列車・バスで

JR棚倉駅から徒歩で約30分

アクセスマップ


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水土里の案内人さ~ん!

水土里の案内人イメージ写真

案内人:斎藤 克憲(さいとう かつのり) さん
案内場所:福島県棚倉町大字逆川字天王内
説明可能人数:5人から10人程度
受入期間:平日の午前9時から午後4時(午後0時から午後1時を除く)
所要時間:30分から1時間程度
申し込み先(棚倉町土地改良区)
〒963-6192
福島県東白川郡棚倉町大字棚倉字中居野33
TEL:0247-33-4209
案内人からのメッセージ
・動きやすい服装が必要です
・パンフレット等、資料が不備なため口頭による説明になります

付近のみどころ

棚倉町ホームページ(外部リンク)